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京都のように暮らしたい

日々の暮らし、感じたことを綴ります。京都に住むのが夢。

私が変わったわけ、暗い老後

家のものを捨てたり、将来の家を
小さくしようとしたことには、
大きな理由があります。
それは父の最後の入院の出来事の
せいです。

ガンセンターでの治療を終え、
当初の予定通り、診断を受けた病院に
戻りました。
私は不安を覚えていました。
義父の入院の時に、治療が終わると
すぐに退院してくれといわれ、
途方に暮れた経験があったからです。

末期癌で、治療も延命もしない父。
病院では、入院させておく理由が
ありません。
私は、父が息をひきとるまで、
病院にいられるからどうか、
気になっていました。
経験のない弟は、
深刻に考えていなかったようです。

心配は的中しました。
転院して翌日、弟は病院から、
遅くとも2週間後には退院して
欲しい旨言い渡されました。
寝たきりで、食事も取れない、
末期癌で、痛みや、どのような状態に
なるかわからない父。
介護保険制度を使い、訪問看護
後は家族でやれとのこと。
弟は父と二人暮らしです。
介護保険を使っても、仕事をしながら
父の面倒はみられないでしょう。
介護休暇をとるか。
私が介護を引き受けるか。

父は決して貧しかったわけでは
ありません。
それでも、現実は厳しいのです。

介護保険制度が変わったり、
医療保険制度が変わったり。
無関心でいたら、どんどん内容が
変わってしまっていました。

しあわせな老後と、
しあわせな人生の最期を
迎える方もいるでしょう。
でも、それはほんの一握り。
日本は高齢者には冷たいです。
ますますそうなります。
はっきり言って、年金も少ない、
後は野垂れ死にでもすれば。
という仕組み。
姥捨山に捨てられるのと変わりません。

父は退院を言い渡された
翌日に他界しました。
退院の話は知らなかったはずです。
私達に迷惑をかけないよう、
足速に旅立っていきました。

私は50代半ば。
老後は直ぐそこです。
今までの、能天気な生活を送っていたら、
みじめな老後になってしまいます。
頭から冷や水をかけられた気持ちでした。
きちんと生活していても、
野垂れ死にしかできない世の中なのです。
今の私は、冷ややかな眼差しで
この世の中を見ています。