京都のように暮らしたい

日々の暮らし、感じたことを綴ります。京都に住むのが夢。

そこにあるべきもの、室生寺に思う。

今回の旅で、これほど心に残るとは
想像していなかった室生寺

それは山奥にあり、古いお寺。
女人高野として有名ですし、
花の名所。
しかし、お堂や塔は圧倒的大きさでも
なく、質素なものです。
なのに何故こんなにも心震え、
心に残るのか
ずっと考えていました。

それは、創建以来そのままの姿で
ずっとそこにあるからだと。
自然災害、火災、戦乱、
すべてに一度もあわずにいたのは
本当に奇跡。
そして、弥勒堂の弥勒菩薩、 
金堂の十一面観音、
本堂の如意輪観音
すべてがはじめからそのお堂にあり、
そのままの姿であり続け。

火災や劣化から守るために博物館に
保管されたり、またはガラス張りに
なっている文化財も多い。
しかし室生寺はそのままに目の前に
すべてが仏像があるのです。
あるべき場所にそのままの姿である。
このことが、まさに涙溢れた理由
であったと。

祈る私に、祈る人々に、
すぐに手を差し伸べ、
優しい眼差しで声をかけてくれるような、
仏像。
悲しみを癒し、迷いを受け入れ、
ただひたすら救ってくださるような。

もしできるならもう一度訪れたい。
そして、みんなに是非とも訪れて欲しい。
祈りと救いとは、こういうことなのか。
それが心の奥奥まで、身体の隅々まで
しみてくる。
室生寺、永遠に。